コクリコ坂から 紺色のうねりが
- 2011/07/23(土) 23:42:46
前回エントリの続き。
「コクリコ坂から」では歌が効果的に使われる。
生徒達の斉唱する「紺色のうねりが」が気になったので少し調べてみた。
「紺色のうねりが」は劇中で高校の学生会館「カルチェラタン」撤去阻止闘争のクライマックスの場面、学生たちが合唱する。おそらく校歌という設定なんだろうが、何の説明もなく唐突に歌われるのでわかりづらい。「校歌斉唱!」の一言が必要だっただろう。観客はそんなに察しがよくないものだ。
なかなかいい歌である。「さよならの夏」はキャッチーなのでTVCMでも散々つかわれて耳になじんでいてエンディングを効果的に締める。「紺色のうねりが」は観客の意表をついて突然歌われ大集団の斉唱で感動を呼ぶ。実はこの映画のメインの曲はこちらだったのである。うまい隠し球だ。
※だれかがYoutubeへアップした「紺色のうねりが」をここに埋め込んでいたのであるが、すぐに削除された。ituneストア買ったって1曲200円で、たかが知れているので有償で買いましょう。国外にまではジブリの削除要請も届かないみたいなので中国では聞ける。どうしてもタダで聞きたい方はコチラへ
※「紺色のうねりが」はの合唱版、すなわちサントラ版は「コクリコ坂から」サントラアルバムに収録されている。ituneストアでは単曲200円。サントラだけに大変短くワンコーラスのみ約1分である。短か!!
紺色のうねりが
紺色のうねりが のみつくす日が来ても
水平線に 君は没するなかれ
われらは山岳の峰々となり
未来から吹く風に 頭をあげよ
紺色のうねりが のみつくす日が来ても
水平線に 君は没するなかれ
透明な宇宙の 風と光を受けて
広い世界に 正しい時代を作れ
われらは たゆまなく進みつづけん
未来から吹く風に セイルをあげよ
紺色のうねりが のみつくす日が来ても
水平線に 君は没するなかれ
作曲の谷山浩子は吾郎監督の前作「ゲド」でいっしょに仕事している。その映画で唯一印象的なテルーが歌う「テルーの歌」も彼女の曲。
詩の原案は宮沢賢治、宮崎駿、宮崎吾郎、作詞とある。映画中で聴いていても「水平線」「山岳」という普通の歌詞、校歌では珍しい響きの語彙が印象的である。
「紺色のうねりが のみつくす日が来ても」というのは字義的には津波のことで、比喩的には若者が立ち向かう困難を指している。
ところが、大津波は比喩ではなく本当に来てしまった。その場面の製作は3月の地震以前にすんでいたらしい。だから、これは偶然ではあるが被災者へのタイムリーなメッセージとなってしまった。ただし映画中で歌詞を聞き取り意味を汲み取るのは困難。私も自宅に帰ってネットで調べてわかったことなのである。
原案とされた宮沢賢治の詩は「生徒諸君に寄せる」というもの。映画中、カルチェラタンの場面の背景音で現代詩研究会の部活の生徒達が詩を朗読するのだが、その中でも朗読されているようだ。それもパンフレットでクレジットを読んでわかること。映画館で見ているさなかに気づくのはほとんど不可能。
ともかく宮沢賢治の詩を見てみよう。
生徒諸君に寄せる
生徒諸君
諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いてくる
透明な清潔な風を感じないのか
それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である
諸君はこの時代に強ひられ率ゐられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか
今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば
われらの祖先乃至はわれらに至るまで
すべての信仰や徳性は
ただ誤解から生じたとさえ見え
しかも科学はいまだに暗く
われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ
むしろ諸君よ
更にあらたな正しい時代をつくれ
諸君よ
紺いろの地平線が膨らみ高まるときに
諸君はその中に没することを欲するか
じつに諸君は此の地平線に於ける
あらゆる形の山岳でなければならぬ
宇宙は絶えずわれらによって変化する
誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを言ってゐるひまがあるか
あらたな詩人よ
雲から光から嵐から
透明なエネルギーを得て
人と地球によるべき形を暗示せよ
新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系統を解き放て
衝動のやうにさへ行はれる
すべての農業労働を
冷たく透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踊の範囲にまで高めよ
あらたな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変へよ
新しい時代のダーヴィンよ
更に東洋風静観のチャレンヂャーに載って
銀河系空間の外にも至り
透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ
おほよそ統計に従はば
諸君のなかに少くとも千人の天才がなければならぬ
素質ある諸君はただこれらを刻み出すべきである
潮や風・・・
あらゆる自然の力を用ひ尽すことから一足進んで
諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ
ああ諸君はいま
この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る
透明な風を感じないのか
下:岩波文庫版 宮沢賢治詩集
彼は花巻農学校で教師をした時代があるのでその卒業生に贈った詩なのかと思っていたが、どうやらそうではなく母校の旧制盛岡中学校友会誌への寄稿として書かれた。ただし完成せず、草稿のみ残されたものを賢治没後はるか後、戦後に雑誌編集者によって草稿の断片が再構成されて公開された。だから厳密には賢治の真作ではない。それにもかかわらず素晴らしい詩である。再構成者の確かな腕がうかがわれる。そこらの詳細はココで。
賢治の詩の草稿がもとになって一遍の詩が生まれ、さらにそれを元に「紺色のうねりが」という新たな詩が生まれた。そんな手法は和歌の世界では昔からあるので、別に不思議ではない。歌の歌詞には冗長な「生徒諸君に寄せる」のエッセンスを取り出した「紺色のうねりが」は、世に出る若者への餞と、困難に直面する日本へのメッセージとして秀逸である。
「紺色のうねりが」では「水平線に没するなかれ」という繰り返しが印象的だが、「生徒諸君に寄せる」では「地平線」。「紺いろの地平線が膨らみ高まるときに」より水平線の方が自然である。地平線が膨らみ高まることは地質時代的なスパンではありえても、現実にはありえない。しかし水平線なら津波という現象がある。それに映画の全体的テーマが「海」である。ちなみに英語では水平線も地平線も同じ「horizon」(ホライズン)である。
賢治は地震や津波の被害の多い岩手の人ではあるが、内陸部に住んでいたので津波を想定した詩とならなかったのではないだろうか。
いずれにせよ「紺色のうねりが」は大津波の年にふさわしい歌詞となった。また賢治の詩業の一面を掘り起こし、あらたな生命を吹き込んだ。
下:「紺色のうねりが」の合唱場面の後で徳丸理事長がカルチェラタン存続を約束する場面。
ただし理事長のセリフは「私が責任を持って別のところに新しいクラブハウスを建てよう」というものでそれに生徒達が歓喜する。その歓喜を見て観客はカルチェの存続を推測するほかない。理事長が「この建物を保存する」と言ってもらうと話はスムーズにつながってわかりやすいのであるが。
豪放磊落に描かれる徳丸氏は歴然と徳間康快がモデルになっている。劇中では徳丸の会社は出版社で「アサヒ芸新」つまり「アサヒ芸能」のポスターが張ってある。ジブリの敏腕プロデューサー鈴木敏夫氏もかつてはこの週刊誌の記者であった。
徳間康快は徳間書店のワンマン社長であり、当初はスタジオジブリのオーナーでもあった。また彼は「逗子開成学園」の理事長を務めていたから適役といえば適役。
とすると、俊や海が電車に乗って東京に訪ねて行った先は徳間書店があった新橋ということか。
※カルチェラタン、背景、美術についてはココに詳説
※原作マンガとの比較については ココに詳説
※ココに「生徒諸君に寄せる」について興味ある点が書かれているブログがあるので参照されたい。
下:俊が揚げる信号旗の意味は海の揚げる信号旗「安全な航海を祈る」に対する返礼。これも劇中では何の解説もない。客にわかる訳がないだろ!
下:横浜、港の見える丘公園に掲げられた信号機。「ククリコ坂」とのタイアップ。
横浜 posted by (C)オトジマ
※2013年7月の「風立ちぬ」レビューはコチラ。
コチラへ
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この記事に対するコメント
「紺色のうねりが」に関連して、
リンクしていただきありがとうございます。
詳細で素敵な映画評も面白かったです。
また、拙ブログにもお越しくださいませ。
確かに
以前のコメントでは、URLを明かさなかったせいか、ご迷惑をお掛けしたかもしれません。お詫びいたします。
この映画、確かに説明不足です。
私は原作のコミックを大昔に読んでいたので、ある程度理解できた部分があるのですが、それだけでもわからない「描きこみ」があるようです。
宮崎駿と宮崎吾朗のスキマというのもその原因のひとつでしょうし、そもそも「信号旗」の存在なんて、私自身はあこがれていた船乗りの親戚がいたため知っていたというだけで、一般にはわかりませんね。
でも、説明不足を補って余りある力があるのは、トトロのとなり様も多分認めていただいていると思っております。
この物語は、私の世代の想いではないのですけれどね。
興行成績的には伸びないと思っているんですが、どうもそうではないらしい・・・
地味だし、地味でいいアニメ映画だと信じております。
コクリコ坂から
ジブリはととろがだいすきです。
はじめまして
「紺色のうねりが」を調べていてここにたどり着きました。拝見していて、「私、宮沢賢治の詩集持ってたな」とf^_^; ちょっと読み直してみようかな。いろんな事柄を知っていくと映画も違う味わいが出てきそうですね。
kodomitaka さんへ
「紺色のうねりが」を検索して当ブログにお越しになる方が大変多いです。皆さん、やはりこの映画を見たらこの歌が気になるようですね。宮沢賢治の言葉は断片ではありますがインパクトを持つんですね。私もこれまでは彼の詩は2,3編しか知りませんでした。よく知られていない彼の詩を引っ張ってきた宮崎氏のセンスはさすがです。
私もはじめまして
ここ数年、帰省の息子とジブリのレイトショーを観ると言うのが、夏の楽しみのひとつです。8/15コクリコ坂観てきました。やはり「紺色のうねりが」圧巻でした。
帰宅後、検索しこちらさまにたどりつきました。
何の予備知識も持たず観ましたので?がいくつかありました。
それが次々と解消され、何とも愉快で有ります。
ありがとうございます。
「紺色のうねりが」合唱 の全曲が聴きたい!というのが目下の願いです。
midori さんへ
お越しいただきありがとうございます。実は私の書いたことも後知恵ばかり。映画見ている最中は???状態でしたよ。その意味では完璧なできの映画ではありませんね。ところで私あてにメールをいただけませんか?カラメールでも結構です。
始めまして、こんばんは。
ネットをお散歩しておりましたら、コクリコ坂からに関してとても似た
寸評をお書きになっているので、嬉しくなり書き込みさせて頂きました。
>「実はこの映画のメインの曲はこちらだったのである。うまい隠し球だ。 」
仰る通りだと思います。
元来、宮沢の詩が好きだった弊方も、序盤の朗読のシーンでまずやられ、
何度か見直すと、文芸部の壁に貼ってある週間カルチェの見出しにも、
この詩へのオマージュが見受けられました。
製作者も、余程お気に入りだったのでしょう。
宜しければ、拙いですが弊方のブログも覗いてやって下さい。
また、勝手ながらリンクを貼らせて頂きましたが、
ご都合が悪ければ仰ってください。
それでは、失礼させて頂きます。
「紺色のうねりが」で検索していてたどりつきました。
>作曲の谷川浩子は〜
えっと、名前に誤りがあります。
谷川ではなく「谷山」です。
谷山浩子さんはシンガーソングライターで、彼女自身とても素敵な歌声の持ち主ですヨ。
りりぃ さんへ
ご指摘ありがとうございました。そうですね、うっかりしてました。谷川俊太郎が混ざってしまいましたね。早速訂正しました。
感謝!
とても分かりやすい説明ありがとうございます。
ただ、一点誤りがあります。「紺色のうねりが」が歌われるのはは、理事長がカルチェラタンを見ている途中で、カルチェラタン保全を約束する前です。また、学校名が入ってないので校歌ではないのかと。
ただ、ご指摘の通り、訪問の感謝の意を表すなどの言葉が添えられているといいと思いました。
ご指摘ありがとうございます
カコ様へ
ご指摘ありがとうございます。このエントリは1年前に映画を見た直後、記憶をたよりに書いたのもので、いささか齟齬があるかもしれません。現在DVDがリリースされ、このエントリにアクセスが増加していますので誤りを放置しておくわけにもいかないので訂正しておきます。ありがとうございました。
秘密のコメント
ブログ管理人への秘密コメントです
歌手名
「紺色のうねりが」とエンディング曲の歌手についてのご質問がありました。
いずれも歌手は手嶌葵です。他にもオープニングの「朝ごはんの歌」も歌っています。彼女はメルの友人役として声の出演をしています。
紺色のうねり
記事を大変楽しく拝見させていただきました、横浜在住の風です
わたしが初めてコクリコ坂からを観覧したとき、舞台背景を勝手に「石川県?」と思ってしまったことを思い出します(バンカラ、石川四校)
最近になり、紺色のうねりがとてもいい歌だと再認識し、歌詞などを調べていた関係でこちらにお邪魔しました
とても興味深い内容でした、個人的には宮崎吾朗のリベンジ作品として、地元舞台の劇場作品として、これからも愛していこうと思っています、ありがとうございました
またこちらにお邪魔したいと思います、どうかまた横浜、鎌倉にもいらしてくださいませ、それでは失礼いたしました
混沌の疾風様へ
コメントありがとうございます。石川四高?九州では耳慣れない言葉ですが、金沢の旧制高校ですね。九州でいえば五高です。コクリコ坂は戦後ですから時代がちがいますね。コクリコ坂は横浜が舞台ですから何も九州にいる私がのたまうよりは、横浜在住の方が解説された方がより深い理解ができるかもしれませんよ。
ありがとうございます
自分は2013年1月のTV放送でみたのですが、なんといっても紺碧の波に…という歌詞、歌唱。やそれに続く「教育者たるもの、文化を守らずして何をか いわんやだ」という理事長の学生達の努力に報いる大人な懐の深さに、いっきにもってかれました。検索しても紺碧、コクリコでなかなかヒットせず、ここに流れ着きましたー。詳しい解説ありがとうございます。宮沢賢治さんの詩も素晴らしいです。両方とも宝物になりました。
こくりんこさんへ
そうですね、「紺碧」で検索するとマンガ「紺碧の艦隊」早稲田の応援歌「紺碧の空〜」がすぐに連想されます。「紺色の〜」でググるとすぐ出たはずですが。2年も前のエントリに多大な反響ありがとうございます。TV放映中に一挙に5000近いアクセスがありました。