風立ちぬ
- 2013/07/21(日) 00:27:43
本日はジブリ作品「風立ちぬ」初日。朝一で劇場に行った。延岡の映画館には珍しくチケット売り場に行列!短いけれど・・・。 20年前はジブリの夏休み作品というと、延岡でも超満員だったものだが、近年は若い人たちにそもそも劇場に行く習慣がなくなりつつある。
ともかく「風立ちぬ」は子供が楽しめる映画でない。結論的に言うと鑑賞力のない人にも退屈するかも。2時間20分の長丁場は子供にはかわいそうだ。宮崎氏は「よくわからない映画を見る体験も子供にはあっていい」と言っているが。
門川に飛来した9試単戦。背景は遠見半島。
P7201413ee posted by (C)オトジマ
私の世代以上の人には堀越二郎の名前は周知であるが、ミリタリーに興味のない人や若い世代は知らないかもしれない。堀越は戦前・戦中の航空機設計者である。ゼロ戦や雷電の設計で有名である。戦後はYS-11の設計にも参加している。映画は実在の人物を扱うが、評伝ではなくほとんどフィクションと考えていい。しかし実名を使う以上は遺族の許可を得ているものと思われる。まだ存命の堀越の御子息とその夫人の名がスタッフクレジットのなかにあり、試写会ではユーミンの横に座って泣いておられたとか。
映画は堀越二郎の少年時代から始まる。時代は明治から大正にかけて。二郎少年は良家の坊ちゃんでハカマにゲタ。子供の頃からメガネの秀才である。生地は群馬県藤岡市。100年前の北関東の田園風景が美しく描かれる。川には帆走の川舟。駅前風景とか汽車とかもいかにもそれらしくて、美しかったであろう昔の日本が再現されている。
少年時代の二郎とカプロニ。カプロニは二郎の夢に出てくるイタリアの飛行機設計者
堀越二郎は長じて東京帝大に進む。上京する汽車の上で関東大震災にあう。そこから声が庵野秀明になる。試写会レビュワーたちの総スカンを喰っているド素人の声、さらには50過ぎのオッサンが青年の声を演じるのにも批判がある。まぁ、それを事前に知っているからそういえばパッとしない声だな、とは思うが私は特にヒドイとは思わなかった。
関東大震災では避難する大群衆が描かれる。これが一番の大仕事だっただろう。宮崎氏はこの場面を描かさせるために40人の新人アニメーターを大量採用し、この作品でジブリが潰れてもかまわない、と語ったことがある。この場面の絵コンテができたあとで3・11大震災が起きたが、修正はせずそのまま製作したという。ちょうど「コクリコ坂」製作たけなわの頃。
二郎は震災の時乗り合わせた汽車で菜穂子に出会う。当然高崎線である。菜穂子はお嬢様だから軽井沢からの帰りだろう。二郎は3等車、菜穂子は2等車というグレイドの違いがある。「風立ちぬ」は元来堀辰雄の小説であり、このアニメもそこからシチュエーションを借りている。しかし菜穂子は別の小説「菜穂子」から借用した名前である。
その後、二郎は東京帝大を出ると名古屋の三菱に入社し、設計者への道を歩む。当初は三菱内燃機、後に三菱飛行機。現在の三菱重工で、工場は臨海部の埋立地にある現在の大江工場。秀才の二郎は水を得た魚のように設計に励む。技術導入元ユンカース視察のためにドイツに行く場面がある。
ユンカース特有の波板外板の巨人機G-38に乗る場面がある。
下は実写のG-38
二郎が設計した七試艦戦。試験飛行中に墜落する。
試作機失敗の失意の中で保養に行った軽井沢で偶然菜穂子に再会し、美しい避暑地で二人は恋に落ちて、婚約する。昔は軽井沢と群馬県側の草津温泉を結ぶ草軽電気鉄道という鉄道会社があったが、二郎や菜穂子の宿が草軽ホテルで、関連企業なのだろうか。
しかし菜穂子は肺を病んでいた。その後、菜穂子の病は進行し、八ヶ岳山麓のサナトリウム、富士見高原病院に入院する。この病院は現在も実在する。粉雪舞う中で屋外で日光浴する患者達の姿が印象的。抗生物質のなかった頃の結核治療は転地療養なんていう効果不明の治療法しかなかった。堀辰雄の「風立ちぬ」のヒロインはここに入院する。実際は堀自身も結核でここに入院していた。
宮崎氏による戦前の結核療養施設の解説(モデルグラフィックスより)---クリックで拡大---
しかし先の長くないことを悟る彼女は病院を脱出し、名古屋の二郎のもとに走る。二人は急ごしらえの簡素な祝言を挙げて結ばれる。二人のつかの間の切ない新婚生活と二郎の傑作機九試単座戦闘機の完成・・・・。
原作となったモデルグラフィックス連載のマンガ「風立ちぬ」は宮崎氏の飛行機のウンチクと戦前の日本の工業技術水準について縷々描かれていてとても読み応えがあり面白い。その中で菜穂子との交渉はオマケ程度であった。しかし映画版では大方の人は昔のテクノロジーの詳細に関心はないだろうから、そこらの詳細は省かれ、二郎の関わる試作機中心におおまかな開発過程が描写される。それだけでもヒコーキ好きには十分に楽しめる。たとえば複葉機時代の艦載機の離着艦なんてなかなか動画でみれるものではない。
下:これは「風立ちぬ」からではなく、戦前の人気挿絵画家、樺島勝一のイラスト。
ストーリーをつなぐのは二郎と菜穂子の関係である。つまり原作のウンチクマンガよりはずっと堀辰雄の「風たちぬ」側に寄ってしまっている。ドラマ構成上は大いに効を奏している。結核の人には死が約束され、軍国日本にも未来はなかったのでこの物語はハッピーエンドになりようがない。
時折、目を奪うような美しい緑の自然の描写もあるが、時代が時代だけに庶民の生活は貧しく、住宅や職場の場面は薄暗くくすんだ色調が支配的である。主人公が艱難辛苦に苦しむこともなく、ライバルとの葛藤もなく、派手な戦闘シーンもないのでストーリーには特に大きな起伏もない。我々は結核患者の行く末を知っているので、どうにも愉快になる場面はない。物語は太平洋戦争まで行かない。しかし、特に劇的でもないエンディングのあとには思いがけない深い感動が来る。放心状態の中で、エンディングロールの流れる中、ユーミンの「飛行機雲」を聞きながら涙を流さない人はアンポンタンだけである。私はジブリ作品でこんな種類の感動を味わったことはない。ただでさえ涙腺の弱い妻は1時間ほどボーダの涙。
映画パンフレットより。
知人は予備知識なく映画を見て、堀越二郎の実話だと思い込んだという。もちろん違う。堀越の設計者としての人生については彼の年譜に即している。結核の女性との恋については堀越ではなく堀辰雄の人生に準じているはずだ。つまり二人の実話をつき混ぜてわけで、ドラマ構成の必然性から話が展開しているわけでもない。だから、面白くない話だ、と文句を言うのは的外れかもしれない。そういう点でも従来のジブリ作品とは全く別の系列に属する作品である。
ストーリーもさりながら、ジブリならではの濃密な背景を見れるだけでも眼福。緑したたる田園風景や軽井沢の自然も美しいが、都市部の立ち並ぶ商店や土蔵など時代考証を感じさせる風景も面白い。宮崎氏らしく各所に松の大木が配される。海や川など水辺には必ず帆掛け舟がある。80年前の風景を現出させる。実写のセット撮影よりもはるかにリアリティがあるような気がする。汽車やバスの描写も素晴らしい。堀越と同様に北関東で育った宮崎氏の幼い頃の原風景だろう。貧しかったが古き良き風景のあった頃--良き時代ではなかったが・・・。
詳しくは徳間書店から出ている「ジ・アート・オブ。ジブリ・風立ちぬ」に背景画が多数収録されている。
二郎の郷里の街角。
地味な展開、地味な色調が続くなかで、時々夢の中で現れて、派手な色とファンタスティックな場面を時々与えてくれるのが、二郎が心の師と仰ぐ、イタリアの航空機設計者カプロニである。そこでは存分に奇妙な形の飛行機が空を飛び、宮崎氏の面目躍如である。カプロニは実在し、湖からの離水に失敗する巨大飛行艇も実在した。
---モデルグラフィックスより---
西欧先進国と比べると当時の日本には後進性も多々あった。最新の戦闘機の試作機を飛行場に運ぶのに馬車ならぬ牛車が使われる。名古屋臨海部の大江工場から岐阜の各務ヶ原飛行場まで60kmに二日かかったとか。
この映画のシンボルとして使われる二郎設計の傑作機、九試単戦。下の絵では機首が見えないので素晴らしくスマートで美しい。この翼が逆ガル翼。ガルとはカモメ。逆ではない場合にはこの機体を逆さまにするとカモメの形になる。映画の中には中国機のソ連製ポリカルポフがチラと登場するが、これがそう。それはロシア語のカモメでチャイカと呼ばれたとか。そういえばソ連の女性宇宙飛行士テレシコワのコールサインがチャイカだったなぁ。「私はカモメ」を覚えているのは年寄り。
マンガ「風立ちぬ」に登場するガル翼機。宮崎氏の作った架空の戦闘機である。ガル翼にする利点はないはずだが・・・
逆ガル翼にする利点は、翼からおろす脚の長さを短くできるからである。大戦時の米軍艦載機コルセアとか、ドイツの急降下爆撃機スツーカ(ユンカース Ju-87)などが代表的。大戦時の名機といわれる戦闘機を見ると通常の平坦な翼の戦闘機が多いから、逆ガルは必然でもないようだ。二郎はこの新奇なデザインをやってみたかっただけだろう。
堀越二郎をはじめ、日本の技術者たちは短期間に日本の航空技術を飛躍的に高め、太平洋戦争当初は米軍機に引けを取らぬ活躍を見せるくらいにした。しかし、日本の工業は基礎的なところでまだまだ欧米水準に遅れていた。飛行機では肝心のエンジン技術が、信頼性ある水冷エンジンを作れるところまで行かず、二郎の設計した飛行機たちもその制約に縛られる。九試単戦もその美しさに画龍点睛を欠くのは不恰好な空冷エンジンと固定脚であった。
私の人生は山田洋次と宮崎駿の次回作を待つ年月であった。昔は夏にジブリ作品を見る度につまらない日常が一瞬輝いた。しかし、実のところ駿氏の近作「ポニョ」「ハウル」「もののけ姫」にはいささか不満だった。しかし、「風立ちぬ」は従来の作品とは全く異なった味わいであるが大変気に入った。最近の宮崎氏はこれが最後の作品だ、とは断言していないので、こんなテイストの作品をまた見たい。駿氏の好きな漱石作品でも文芸物でもいいから是非作って欲しいものである。
ただし、「風立ちぬ」は万人に面白く感じられるという保障はしない。私は遠からず二度目を見に行こうと考えている。
※2年前に書いて、いまだにアクセスの多い「風立ちぬ」関連ポストはコチラと、コチラ
※今年の初めに書いた関連ポストはコチラ。
※堀辰雄{風立ちぬ」はネット上で読める。年配者には文庫本の小さい文字よりもラクかも。コチラ
border= /コチラ
地味な展開、地味な色調が続くなかで、時々夢の中で現れて、派手な色とファンタスティックな場面を時々与えてくれるのが、二郎が心の師と仰ぐ、イタリアの航空機設計者カプロニである。そこでは存分に奇妙な形の飛行機が空を飛び、宮崎氏の面目躍如である。カプロニは実在し、湖からの離水に失敗する巨大飛行艇も実在した。
---モデルグラフィックスより---
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はじめまして。
はじめまして。
当方、延岡に住んでいるアラフォー男です。
近くにこれだけジブリに詳しい方が住んでおられるとは驚きです。
しかも、お孫さんがいらっしゃる歳で!(失礼)
ジブリ以外についてもすごい知識量ですね!
ここで初めて知る事が多く、大変勉強になります。
これからもちょくちょく寄らせてもらいます。
それでは、また。
らじさんへ
へーっ!延岡の方?まぁ、私も土々呂出身ですから全く同郷。孫のいる齢でジブリファン!?例えば「ハイジ」は私が学生時代の作品で「カリ城」「ナウシカ」は20代の作品ですから若い頃からのファンだとしたら不思議でもないんですよね。というか、宮崎さんの感性は彼の70歳という齢に近いほど容易に理解できるんです。私の子ども達も父親の影響で全員ジブリフリーク。そういうわけで、ジブリ初心者の若い者たちを温かい目で眺める年寄り、といったところでしょうか。今後ともよろしく。