この世界は普通じゃない。 数年前、この組織に初めて関わった時に今の上司、つまり秋津さんに言われた言葉がそれだった。 この世には、いわゆる『異能の力』というものが実在している。 幽霊のクレアを始めとし、決して現代科学では説明できない存在。 そのような超常現象に関する問題事(……)を請け負う、裏の何でも屋のような組織。 それが本当の『協会』。 「はい! ってなわけでー」 唐突に、秋津さんの声で現実に引き戻された。 その片手には、最新号のファッション雑誌と菓子の入った缶ケース。 受付で書類を確認しているのかと思ったら、ずっと雑誌をパラパラとめくりつつ、密かに菓子類をパクついていたらしい。 「……」 改めて、彼女を観察する。 ハムスターのような笑みを口元に浮かべつつ、こちらを見回しているその風貌は高校の先輩にも見える。 もう少し若ければ、いわゆる「合法ロリ」と言われるようなものなんだろうなとか思ってもしまう。 「さーて、今回のお仕事はー」 どこぞの長寿アニメの次回予告の様な口ぶりで、取り出した数枚の書類を順繰りにめくる。 「とりあえずー……全員、今は待機!」 「……は?」 いつの間に確保したのか、紙パックのジュースを吸っていた光輝の手が止まった。 「さっきから本部に問い合わせしてるんだけど、まだ次の指示来てないんだよねー」 協会の仕事は、主に二種類に分かれる。 依頼者(クライアント)からの依頼と、協会本部からの指令の二つに。 前者は先ほど自分がやっていたような草むしりなどの雑用が主だが、超常現象に関する『裏』の依頼もたまに入る。 それに対し、協会の本部から今現在自分たちがいるような支部に入る指令――支部長である秋津さんいわく逆らったら次の日から路頭に迷う――は滅多に来る事は無いが、その分厄介なものが多い。 そして本部からの指令は、とある理由(……・・)から基本的にいつも紫苑一人が担当していて、今回のように自分たち全員が呼ばれるなんて事は記憶に無かった。 「……」 ちらりと紫苑の横顔を見る。 苦虫をかみつぶしたような顔で、壁に寄り掛かって腕を組んでいる。 いつも通り変わらない黒ジャンパーを羽織った姿が、そこにあった。 紫苑は自分たちがこの世界(……・)に関わった時に初めて出会った、協会の人間だった。 一応先輩に当たるはずなのだが、会った時から何故か全く外見が変わっていない。 まるで、歳を取っていないかのように。 「……」 ふと彼が壁から身を離し、そのまま出入り口へと向かっていく。 「あれ、紫苑くん? どこ行くの?」 「……俺は忙しい。呼ぶなら連絡が来てからにしろ」 振り向かずにそう告げ、先ほど入ってきたばかりの扉に手をかける。 「あ、連絡自体はちゃんと来てるんだよー。とりあえず支部内の全員集めておけ、追って指示は出す、って」 「何だそれは。……とにかく俺はしばらく外を回ってくる」 吐き捨てるように言い、そのまま外へ出ていこうとするその背中を、葵の声が追いかけた。 「あ、だったらついでにプリン買ってきて」 「自分で買え」 不機嫌な声と共に、紫苑の姿は扉の奥へと消えていった。 「もー、協調性無いんだからー」 やれやれというような仕草をしながら、秋津さんが手にした書類を振る。 「って事で、連絡来るまで待機! 適当にくつろいでてねー」 秋津さんがそう言うなり、光輝と葵の二人は同時にスナック菓子に飛びつき、奪い合いを始めた。 「あ、これ俺の!」 「離しなさいよ! あたしの方が先に目付けてたんだから!」 「じゃ、じゃあいつからだよ! 何時何分何秒? 地球が何回回った時?」 『……小学生か!』 「……はぁ」 悠はつまらなそうにその様子を一瞥してからソファに座り、雑誌をめくり始める。 「……」 しばらく寝ていようかと、白斗は近くの長イスに腰掛けた。 ふとその時、部屋奥の受付の方から電子音が響いてきた。 「あ、ちょっと待っててねー」 言いつつ、秋津さんが受付のPCに駆け寄る。 「本部からの連絡来たよー。えーとね、なになに――」